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こうした状況を踏まえ、著者は「一つの商品をこれまでのように価格やブランドなど外見でとらえるのではなく、安全性や環境面、人権や労働条件、軍事・平和問題、政治的・社会的抑圧等といった問題までも視野に入れて、生産から流通・消費に至るまで詳しく点検し評価しようという動きは、企業活動の社会的責任や倫理を問う動きとも重なって次第に顕著になり始めている」と、この矛盾に気づき始めた人々が出てきていることに触れている。
私たちは、商品購入に際して、その商品の裏側にある事情を知り、消費者としての社会的責任や環境への責任を考慮したうえで商品の選択をしなくてはならないエシカル・コンシューマーの時代になっているのである。(エシカル・コンシューマー・・・倫理的消費者・社会的責任を意識した消費者) 著者は本書で、以上のような、消費者の視点からのアプローチと同時に、生活者の視点からのアプローチについても具体的な方法論を模索している。 その一例として生活に必要な水の場合を見ると、都市の家庭生活で消費する水の量は、1人1日当たり約300リットル(1家庭当たり約1トン)で、そのほかに間接的な水需要として、産業用に人口1人当たり換算で1日に1.76トン、農業用水として1.4トンが使われているという。新聞1部(朝刊)のために水が26リットル。鋼材1トンの生産のために100トン、乗用車1台のために120トンの水が使われているのである。(資源ピラミッド) これを、生活に必要なさまざまな消費財に当てはめてみると(食事メニューなどさまざまな生活用品の資源ピラミッドやエネルギーピラミッド、廃棄物ピラミッドなどを作ってみる)、今まで気づかなかった陰の部分に光を当て、環境への負荷という隠れたコストを明確に直視することができるというのである。 |
| 脱成長社会に向けて、生活の質の変換・「共生」の価値に気づく人々を増やす |
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ところで本書は、地球環境への負荷を減らし、生活の質を向上させる方法として、現在の社会・経済システムを変換し、脱成長社会への転換を提起している。
著者は「脱成長・永続可能社会とは、いわば金銭的な商品経済の上に築かれる"経済大国"の道から、貨幣経済的には"経済中国"へと転換をはかることで可能になるといってよかろう。貨幣経済の領域がスリム化する『スリム社会』、拡大均衡ではなく、貨幣経済的には縮小均衡へ向かう道筋といってもよい」と述べている。 つまり、永続可能な未来社会の存在形態とは、貨幣経済的にはゼロないしマイナス成長であっても、社会として十分耐えうるような社会経済システムの構築ということである。 また「私たちがこの有限の世界で、末永く安定した暮らしを環境や他の人々を搾取・抑圧せずに実現する道は、そうした社会を樹立させるしかない」という。そのためのキーワードが「共生」である。この「共生」をキーワードとした「共」的セクターの確立と交流型社会の実現こそが、永続可能な社会経済システムの基盤であると主張している。 著者は、かつて協働を目的に作られた農協や漁協、森林組合、生協などが、ひっ迫しつつある地球環境問題に対して総合的・主体的に取り組める最短距離に位置していると評価しているが、残念ながら、日本では農協に代表されるように、協同組合運動自身が利潤追求、環境破壊を助長してきた経緯があり、近年の生協の利益優先体質、官僚主義的体質から見て、大幅な世代交代や女性による運営に変わらなければ著者の期待を担うことは困難である。既存の組織や体制にとらわれず、企業人であっても生活の質の変換を求め、「共生」の価値に気づく人々を増やすことが重要である。 環境問題は、私たちの生活と、社会の構造的な問題に根ざしている。ひとつの身近な汚染対策・・・子どもたちと行う酸性雨調査、海岸や街の歩道のクリーンアップ作戦、家庭での紙や水、電気などのエネルギーの無駄づかいをやめることなどから、それらの個々の問題の裏側を探ってみることが、環境問題の本質を理解し、さらに深く、広く知るために大切なことである。 |
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『地球文明ビジョン「環境」が語る脱成長社会』 (古沢広祐著 日本放送出版協会刊 本体価格874円) |
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